カウンセリング大国イギリスで、なぜ不登校が「過去最多」なのか?――EBSAが問い直す「心のケア」の限界

An empty classroom with desks and chairs bathed in sunlight through a window.

「公教育」か「民間支援」か?日英の不登校支援について比較

学校に戻れない子どもたちの「受け皿」も、両国で大きく異なります。

比較項目イギリス:『公的な』教育の場(AP)日本:フリースクール
運営主体主に地方自治体が公的資金で運営主に民間・NPO(公的支援が乏しい)
位置づけ法的な「教育義務」を果たす正当な場所あくまで「学校外の活動」とされることが多い
費用原則無料(税金で賄われる)月額3〜5万円程度の月謝が一般的(家庭負担)
教育内容職業訓練や少人数指導が充実自由登校、遊びや対話を通じた情緒回復が主

イギリスの強みは、「学校外の教育も公的な権利」として守られている点です。一方で、日本はまだ「家庭の経済力」が子どもの居場所を左右してしまうという課題が浮き彫りになります。

日本人はもっと「生きづらい」のではないか?

Three school girls with backpacks walking in a school corridor lined with lockers.

ここで読者の皆さんに問いかけたいのは、「心のケアに対する価値観」の差です。

イギリスでは、「苦しいから助けを求める」ことは権利であり、当然のステップです。一方、日本では「自分の弱さをさらけ出すのは恥」という文化がいまだ根強く、カウンセリングに行くこと自体が大きなハードルになります。

一見、イギリスの方が生きやすそうに見えますが、実はそこには「言語化の呪縛」も存在します。イギリスでは、自分の苦しさを論理的に説明し、適切な支援を勝ち取らなければなりません。自分の感情をうまく言葉にできない子どもにとって、このシステムはかえって残酷です。

「我慢が美徳」とされる日本の子どもたちが、静かに「死にたいほどの生きづらさ」を抱え込むのに対し、イギリスの子どもたちは、「この環境は私を壊す」と、システムに対してNoを突きつけ始めている。これが現在のイギリスの不登校急増の本質かもしれません。

結びに:こころのかふぇの読者へ

不登校は、子どもからの「今の環境では息ができない」という切実なサインです。
イギリスという鏡を通して見えてくるのは、たとえカウンセリングや公的な制度が充実していても、「居場所(環境)」そのものが変わらなければ、心は守りきれないという現実です。

日本で「生きづらさ」を感じている私たちも、自分を「直すべき対象」と見るのではなく、自分を取り囲む「環境」との相性を、一度客観的に見つめ直してみても良いのかもしれません。