夜、リビングの明かりを落としたあとも、ドアのすき間から漏れてくるうっすらとした画面の光。
「まだスマホ見てるの? もう寝なさい」と声をかけるたびに返ってくる、子どもの短い溜め息や「うるさいな」の一言。
こんなやり取りが毎日続くと、親の心だってすり減ってしまいますよね。「持って移動できる小さな部屋」を子どもに持たせてしまったような、どこか遠くに行ってしまったような寂しさと不安。
そんな中、先日このようなニュースが話題になりました。
引用:テレ朝news
「青少年の安全なインターネット利用に向けた検討会の中間報告が取りまとめられました。SNSなどの一律の年齢制限について、引き続き議論を続ける方針が示されました。(中略)こども家庭庁は今後、SNSでの保護措置の前提となる年齢確認の仕組みや規制の在り方などを検討し、年末までに最終報告を取りまとめる方針です。」
(出典:テレ朝news https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000522955.html)
スマホの危険性や安全対策を指導するわけでも、社会のルールを議論したいわけでもありません。私たち「こころのかふぇ」が何よりも大切にしているのは、スマホの画面越しではなく、いま目の前にいる我が子と向き合い、どう接すればいいのか頭を抱えている親御さんの「生の声」に耳を傾けることです。
カウンセリングルームで毎日のように保護者の方々の涙に触れている立場から、このニュースを見たとき真っ先に頭に浮かんだのは一つの「親御さんの本音」でした。
「いっそ国で一律に『16歳未満禁止』と法律で決めてくれたら、どんなに楽だろう」
「ダメなものはダメ」と社会が決めてくれれば、家庭内での泥沼のバトルをしなくて済むからです。それくらい、いま各家庭だけでスマホやSNSをコントロールするのは、限界を超えているのです。

いざという時にすぐ連絡できるよう、LINEのつながりを作っておきませんか?
なぜ子どもは「たかがSNS」にそこまで命を懸けるのか?

大人はSNSを「連絡ツール」や「暇つぶし」として見がちです。だからこそ「そんなもの、やめなさい!」と簡単に言ってしまいます。
ですが、カウンセラーの視点からお伝えしたいのは、思春期の子どもにとってSNSはアプリではなく「自分の存在価値を確認するための、もう一つの現実(居場所)」だということです。
心理学において、思春期は「自分は何者かの確立」と「同世代の輪に受け入れられること」が人生で最も切実になる時期です。
- SNSグループから外される = 集団からの追放(存在の否定)
- いいねや返信が来ない = 自分には価値がないという強い不安
子どもがスマホを手放せないのは、単に「遊びたいから」ではありません。「集団から孤立することが恐怖でたまらないから」なのです。
さらに脳科学的にも、この時期は感情や報酬を求める部位が急発達する一方で、理性を司る前頭葉は未発達です。大人のように「自分でブレーキをかける」こと自体が、構造的にとても難しい状態にあります。




