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2つのチャイルドペナルティ:心への影響

こころとこころをつなぐ、こころのかふぇ
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大城 眞抽美
「今日の働く大人の心の健康は、明日の社会、そして未来の子どもたちへの最も大切な投資」親子支援に長年携わり、予防こそ最善のケアと実感。あなたの心が少しでも軽くなるよう、お話をじっくり伺います。
目次

「チャイルドペナルティ」という言葉を耳にしたとき、あなたは何を思い浮かべますか?

実はこの言葉、大きく分けて二つの異なる意味合いで使われています。そして、どちらの「チャイルドペナルティ」も、私たちの、あるいは子どもたちの心の健康に深く関わっているのです。

現代社会では、情報が氾濫し、一つの言葉が複数の意味を持つことが少なくありません。「チャイルドペナルティ」もその典型例と言えるでしょう。この違いを明確に理解することは、それぞれの問題がもたらす影響を正確に捉え、効果的な対策を考える上で不可欠です。

今回は、混同されやすい二つの「チャイルドペナルティ」を明確に区別し、それぞれがメンタルヘルスにどう影響するかを、心理学の視点から掘り下げていきましょう。読者の皆さんが「なるほど」と納得し、明日からの行動につながるような情報を提供できれば幸いです。

子の発達 阻む罰とは

まず一つ目は、ノーベル経済学賞受賞者のジェームズ・ヘックマン教授が指摘する「チャイルドペナルティ」です。これは、「幼少期の不利な環境が、その後の人生における個人の能力発達や社会経済的成功に長期的な負の影響を与える」という概念を指します。
ヘックマン教授の研究は、子どもの早期教育や環境整備がいかに重要であるかを、経済学的な視点からも示した点で画期的でした。

具体的に何が「不利な環境」か?

この「不利な環境」は多岐にわたります。最も分かりやすい例としては貧困が挙げられます。十分な栄養が摂れない、清潔で安全な住環境がない、適切な医療を受けられないといった状況は、子どもの身体的発達だけでなく、脳の発達にも悪影響を及ぼします。
また、質の高い就学前教育が得られない、家庭での学習サポートが不足しているといった教育機会の欠如も大きな要因です。

さらに、家庭環境も大きく影響します。親からの精神的虐待や身体的虐待、ネグレクト(育児放棄)、あるいは親の薬物乱用、精神疾患、慢性的な家庭内不和といった状況は、子どもにとって計り知れないストレス源となります。子どもは保護者との安定した関係の中で世界を探索し、自分を形成していくため、そうした基盤が揺らぐことは、心の成長に深刻な影響を与えるのです。

心への影響:成長の根を枯らす

このような環境で育った子どもは、適切な時期に感情をコントロールする能力(非認知能力)や、問題解決能力、学習意欲などを十分に育むことが難しくなります。

自己肯定感の低下

常に否定されたり、十分な愛情を受けられなかったりすると、「自分は価値がない」「どうせうまくいかない」といったネガティブな自己像が形成されやすくなります。これは、将来にわたる自己肯定感の欠如につながり、無力感や絶望感を抱きやすくなる原因となります。

ストレスへの脆弱性

幼少期の慢性的なストレスは、脳の扁桃体などの感情処理に関わる部位の発達に影響を与え、ストレスホルモン(コルチゾール)の過剰な分泌を招きます。これにより、大人になってからもストレスに過敏に反応し、不安障害やうつ病などの精神疾患リスクを高める可能性があります。

人間関係の困難

安定した愛着関係が形成されないと、他者への不信感が募り、健全な人間関係を築くのが難しくなります。これにより、孤立感を感じやすくなり、社会的なサポートを得られにくくなる悪循環に陥ることもあります。

この「発達のペナルティ」は、子どもの根源的な成長の機会を奪い、その後の人生におけるメンタルヘルスに長期的な影を落とす、非常に深刻な問題と言えるでしょう。

親のキャリア阻む罰とは

次に、日本や多くの先進国で「チャイルドペナルティ」として広く認識され、社会問題となっているのが、「子どもを持つことによって、特に女性がキャリアや経済状況において被る不利益」を指すものです。
これは「マザーフッドペナルティ」とも呼ばれ、労働市場におけるジェンダー不平等という側面が非常に強い概念です。
具体的に何が「不利益」か次で説明します。

キャリアの中断・停滞

出産や育児のために、女性が離職したり、短時間勤務を選ばざるを得なくなったりすることは、その後のキャリアアップの機会を失うことにつながります。再就職の際にブランクが不利に働くことも少なくありません。

昇進の遅れ・賃金格差

育児中のため重要なプロジェクトから外されたり、管理職への昇進が遠のいたりすることがあります。産前産後休業や育児休業によるブランク、あるいは責任ある仕事から外れることで、結果的に生涯賃金が減少する傾向が顕著です。

再就職の困難

一度離職すると、希望する条件や職種での再就職が難しいケースが多々あります。いわゆる「マミートラック」(育児中の女性が昇進・昇給が見込めない業務に限定されるキャリアパス)に陥ることも少なくありません。

家事・育児負担の偏り

日本社会では特に、女性が家事・育児の大部分を担うことが多く、仕事との両立が困難になる大きな要因となっています。これが女性のキャリア選択に制約を与え、結果としてキャリアの停滞を招きます。

心への影響:葛藤と疲弊の連鎖

この「キャリアのペナルティ」は、親、特に母親の精神的健康に大きな負担をかけます。
それはどういったものでしょうか。

キャリアに関するストレス

キャリアを中断せざるを得ないことへの葛藤、復帰後のブランクへの不安、仕事と育児の両立による過剰な負担など、複合的なストレスに直面します。

自己効力感の低下

かつて持っていた仕事での専門性や能力が発揮できないと感じたり、社会との繋がりが薄れたと感じたりすることで、自信を喪失し、自己肯定感が揺らぐことがあります。

孤立感

仕事を辞めたり、同僚との交流が減ったりすることで、社会からの孤立感を感じやすくなります。特に、子育て中の悩みを共有できる場が少ないと、精神的に追い詰められることがあります。

燃え尽き症候群

仕事と育児の板挟みになり、睡眠不足や慢性的な疲労が蓄積すると、心身ともに疲弊しきってしまいます。これは心身症やうつ病のリスクを高め、最悪の場合、育児への意欲さえ失わせてしまうことがあります。

この「キャリアのペナルティ」は、個人の能力とは無関係に、子どもを持つという選択が経済的・社会的な不利益につながるという点で、現代社会の構造的な課題を浮き彫りにしています。

二つの課題と向き合う

このように「チャイルドペナルティ」は、子どもの成長段階に影響を与える問題と、親、特に母親のキャリアに影響を与える問題という、二つの異なる側面を持っています。しかし、どちらの側面も、個人の心の健康に大きな影を落とす可能性があるという点で共通しています。

この二つの「チャイルドペナルティ」は、一見すると別々の問題に見えますが、実は相互に関連し合うこともあります。例えば、親が「キャリアのペナルティ」によって経済的に困窮したり、精神的に疲弊したりすれば、それが子どもの「発達のペナルティ」につながるリスクを高める可能性も考えられます。

私たちにできること

これらの複雑な問題に立ち向かうためには、個人レベルの意識改革と、社会全体での構造的な改革の両方が求められます。

「発達のペナルティ」に対して

子どもの貧困問題への理解を深め、支援活動に参加しましょう。 寄付やボランティア活動を通じて、子どもたちが安全な環境で育ち、適切な教育を受けられるようサポートすることが重要です。

子どもの精神発達について学び、家庭内で安心できる愛着関係を築く努力をしましょう。 子どもを無条件に受け入れ、共感し、安定した情緒的サポートを提供することが、心の安全基地となります。

地域の子育て支援や教育機関と連携し、支援が必要な子どもを見守りましょう。 気になる子どもがいたら、地域の専門機関に相談するなど、早期の介入が重要です。

「キャリアのペナルティ」に対して

職場における育児支援制度の利用を促進し、男性の育児参加も積極的に推奨しましょう。 男性が育児休業を取得しやすい環境を整えることは、女性の負担を軽減し、キャリア継続を可能にします。
企業は、育児中の社員に対する柔軟な働き方(リモートワーク、時短勤務、フレックスタイムなど)や、キャリア継続を支援する制度を整備しましょう。 評価制度においても、育児によるブランクが不利にならないような配慮が必要です。

社会全体で、性別やライフイベントにとらわれない公平な評価と機会提供を目指しましょう。
「子育ては女性の役割」といった古い固定観念を払拭し、多様な働き方や生き方を尊重する文化を醸成することが大切です。

親自身のメンタルヘルスにも意識を向け、必要であれば専門家のサポートを求めましょう。 育児の悩み、仕事との両立の困難、自身の精神的な不調など、一人で抱え込まず、心理カウンセリングや医療機関を頼ることが、健全な子育てにもつながります。

「チャイルドペナルティ」という言葉が指す意味を正しく理解し、それぞれの問題がもたらす心の負担に目を向けること。そして、個人として、社会として、どのようなサポートができるかを考えることが、子どもたちが健やかに育ち、親たちが安心して子育てできる未来を築くための第一歩となるでしょう。

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